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神社・寺・古都

2018年2月12日 (月)

氷川女體神社〜埼玉県

sun

埼玉に行っている時に、スマホを見ていたら埼玉には一宮が3つあると発見。
行ってきました。
東浦和の駅からバスで15分くらい。
さいたま市は、ほんとにバスの便がいい。バス停から2〜3分で小高い丘の上に有ります。
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氷川女體神社(ひかわにょたいじんじゃ)
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往時はどんなだったかわかりませんが、本堂はそんなに大きくはないんですけど、とても美しい姿の本堂です。ご祭神は奇稲田姫命(くしいなだひめのみこと)、須佐之男命(すさのおのみこと)が八岐大蛇(やまたのおろち)から助けて結婚したロマンスの相手です。

氷川神社はご祭神が、須佐之男命です。
で、氷川神社との間に、中山神社というのがあってこれも一宮。ご祭神は二人の子供と言われる大己貴命(おおなむちのみこと)。この三社。直線上に有ります。
夏至に太陽が氷川神社に沈み、冬至に氷川女體神社から昇るそうです。

で、この本堂のある丘から見下ろすと、
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公園の中に、
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この日は、寒かったので凍っていました。
この辺り一帯が見沼と言う沼だった。そして、もともとは、この三社一つだったのではないかと言う事で、全部一宮のようです。
だとしたら、すっごく広い。めちゃめちゃ広い。
この見沼(みぬま)、徳川吉宗(とくがわよしむね)の時に干拓されてます。見沼には龍神が住んでいたので、氷川女體神社の本堂横には龍神が祀ってあります。

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ココの本殿を吉宗公の時代に修復したのが、大岡越前守(おおおかえちぜんのかみ)。
ついこの間でかけた、東京豊川稲荷のお方でした。
ちょっとこちらも見といで、と言われたような気分。

この神社、埼玉の正倉院ともいわれるようで、お宝を所蔵しているんですけど公開されていないのでみれませんでした。北条泰時(ほうじょうやすとき)の奉納した太刀があるということだったのでみたかったんですけどね。

泰時のお父さんの義時(よしとき)を大河ドラマで松平健が演じたんですけどかっこよかった。当時、永井路子さんの時代小説のファンで、小説の中でも義時が素敵だったんですが、松平さんが素敵に演じてくれて、さらに義時のファンになったのを思い出しました。

2018年1月22日 (月)

豊川稲荷東京別院〜東京

16日 sun

ポカポカのお天気。コートも要らないような、絶好のお散歩日和に、赤坂界隈を散歩してきました。
毎年、愛知県の豊川稲荷には参詣するんですが、ここは、初めて。
そもそも、東京に豊川稲荷が有るなんて知ら無かった。

本殿。
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境内は、豊川稲荷に比べると随分とこじんまりしていて、
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でもたくさんの、お堂が有って、それぞれ違う願い事ができてテーマパークのよう。
ちょっとおもしろい、融通稲荷。
三方の上に乗っている黄色の封筒は中にピカピカの10円が入っています。頂いていって金銀財宝の融通が叶えられたら、利子を付けて返却するそうです。
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その奥に有るのが、弁財天。
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音楽と知恵の神様なのに、ざるが置いてあって、お金が洗えます。
なぜ?と思いながらも、洗ってきました。

やっぱり、お稲荷さんですから狐さま。
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他にもたくさんの神様がいらっしゃって、願い事の多い方は、小銭入れをいっぱいにして出かけるのをお勧めします。

こちらは、時代劇で有名な大岡越前守が、知行地の三河から邸内に、豊川稲荷の分霊を祀ったところから始まったとか。現在の場所は、明治20年に大岡邸から移転したんだそうですが、当時江戸の庶民の人々に豊川稲荷を解放していて、とても人気があったそうです。

この辺りの地名が、素敵。赤坂見附とか九郎九坂とか江戸が、感じられる。
地名は、今色々かわってしまったりするんですけど、あんまり変えないで欲しいなと思います。

この後、歩いて迎賓館まで、、、。

2018年1月12日 (金)

熱田神宮〜名古屋

sun

遅くなりましたが、9日にお参りに行ってきました。

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この鳥居の向こうに本殿があるんですけど、9日だというのに、駐車場は長蛇の列。
なんで?と思ったら、どうやら初えびすだったようで、

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なかなかの人出でした。

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これは、四季桜かな?

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こちらは、森の中にある大灯籠。日本3大灯籠とか。
他の二つは、上野東照宮と、南禅寺。
おもしろいのは、寄進者が3つとも佐久間勝之。
大きい灯籠が好きだったのかな。
熱田神宮は結構広くてそこそこ歴史的な物もあるんですけど、割と無造作にあるので、よほど意識していかないと気がつきません。

この灯籠も、この季節は、出店の後ろの森の中にあるのでほとんどわからない。
桶狭間の戦勝で信長が寄進した信長塀も、ちょっと探さないと解らないと思う。
頼朝が生まれた場所にいたっては、1本大きな道路をへだてないと行けないので(熱田神宮の敷地が当時より小さくなっている)、これもなかなかたどり着く人はいないんじゃないかなと。

落ち着いた季節に行くと本当に清浄な場所で、私にとっては一年の始まりの場所です。

2018年1月11日 (木)

伊奴神社〜名古屋市

sun

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今年は、ちょっと忙しくて三ヶ日中に初詣に行けず、なんとか5日に出かけた伊奴神社。12年に一度の戌年という事も有って三ヶ日中は結構なにぎわいだったらしい。
私も、12年ぶりかな?
この日も、既に5日の午後というのに、そこそこ込み合っていました。

精悍な狛犬。

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狛犬の回りの小さい犬はおみくじの犬。
私も引いてきました。
この狛犬様の他にいわゆる普通の狛犬様もいらっしゃいます。

街中の神社なので大きくは有りませんが、由緒に西暦673年とありましたから、かなり古い神社です。庄内川の直ぐ近くで、この辺りの地名も、今でも稲生町(いのうちょう)、又穂町(またほちょう)と呼ばれるので、稲作の盛んな土地だったようです。
ただ、大きな川の近くなので洪水も頻繁だったのか、もともと山伏が御幣を立ててお祈りしてくれた御幣に犬の絵と犬の王という字が書かれていた事から始まった神社という事です。
確かに、私の小さい頃には、庄内川はよくあふれて川の北側(この神社の反対側)は水害がよくありました。最近でも、東海水害の時には川の北側は池のようになってしまって、南側の小学校や中学校が避難場所になっていた記憶があります。

今年が無事な年でありますように。

2017年10月14日 (土)

寶登山神社〜埼玉県

10日 sun

長瀞(ながとろ)駅からライン下りの川とは反対方向に歩いていくと

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鳥居があります。
でこれをず〜〜っと山の方に歩いていくと有るのが寶登山(ほどさん)神社。
途中、阿左美冷蔵の氷屋さんとかもありますから、ちょっと遠いけど歩いても全然大丈夫。

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本殿は極彩色の彫刻が彫られています。
こちらは、日本武尊(やまとたけるのみこと)が、山に入る前に禊をしたという泉。

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当時は、湧き出てたんでしょうか。

奥の院へはロープーウエイで上がれるんですけど、今回は行きませんでした。
日本武尊は、ここでも山火事にあっているようで、もともと、天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)と呼ばれていた剣が、草薙(くさなぎ)の剣と呼ばれるようになったのも、火攻めに有った時にこの剣で草を刈って火を止めたという伝承があるからなんですけど、ここでも草を刈って火を防いでいたら、神様の使いに助けられたという伝承が有るようです。この神社は火災盗難よけの神様です。

日本武尊は東征をしてるので、関東のあちこちに伝承が伝わっています。
山の頂上までもいってるんですよね。大変だったろうなぁ〜。

2017年9月26日 (火)

秋葉まつり〜愛知県

24日 sun

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友達が1ヶ月程前から、夏の終わりに花火が見たい、それも手筒花火がみたいとかずっと言っていて、「そうだね〜〜」なんて、返事をしていたら、23日にメールで、手筒花火を見つけた行こうよ〜とか送ってきたので、行ってきました。

名古屋からは30分くらいで行けてしまって、駅からも近い知立(ちりゅう)神社で行われるのでとても行きやすい。

町の人たちが、それぞれ玉箱をもって入場。

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この玉箱持っている人たち、静々と進んでくるのかと思っていたら、それぞれの町に歌い手さんがいてその歌に合わせて跳ねとんで来るんです。もう入場から見ていて楽しい。
そんなにまだ有名ではないのか、見物の人も町の人がほとんどみたいで混雑もほどほど。私達、2列目でみれましたから、迫力も満点。
このお祭りは、知立神社の境内で催されるんですが、知立神社の中にある秋葉(あきば)社のお祭りです。昔大火事が有った時、秋葉社のお札を持っていたお家だけが燃えなかったというところから始まったとか。

で、もちろん花火が見学的にはメインなんでしょうが、私花火の円の中で提灯を持ってぐるぐる回している人が気になって気になって、、、。あれだけの火勢の中で提灯燃えないんですsign03なぜsign02
そして、鳥居の前で仕掛け花火も有るんですがそのところでも提灯を仕掛け花火の前で振っているんです。この、提灯を持っている人は、いわゆる神男なのかな?

ちょっと、見終わった後でしまった!と思ったのが、この神社、立派な神社なんです。で、明るいうちに来て写真撮れば良かったと。

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かろうじて明るいうちに撮れた多宝塔。
凄く綺麗な形で、趣が有る。うちに帰って調べたらなんと1509年の建立。
明治の廃仏毀釈の時は、この屋根に瓦をのっけて知立文庫ですとカモフラージュして生き延びたそうです。地元の方の愛ですよね。

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こちら拝殿と、狛犬。頭に角が生えてるんです。
で、境内の真ん中には神池があって、その言い伝えが目の見えない女の子がお祈りして目が見えるようになったと。なんてタイムリーな!
私、このところ目の調子が悪くてお医者さんに通っているんですが、お祈りしてきました。お祭り後に、そうそう お参りしてなかったと、拝殿まで出かけたら遭遇したんです。でも、もう暗くて写真では撮れませんでした。
この、知立神社、創建はかなり古く創建当時から知立神社と呼ばれていたのですが、江戸時代ここに宿場があったころには、池鯉鮒とかいてちりふ→ちりゅうと呼んだそうで、この神池にも鯉や鮒がたくさんいてそこから池鯉鮒でちりゅう。日本人は言葉遊びが上手です。ちなみに、この神社、駅から地形的には、下っていったところに有るので、この神池は、もっと大きな池だったんでしょうね。

秋葉社も暗くて見つけ損ねるところでしたが、発見しまして、お祈りしたらお祈りしている時にふっと清々しい気持ちになったのはclovercloverclover

突然のお誘いメールありがとねheart01

2017年9月17日 (日)

調神社〜埼玉県

13日 sun

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浦和駅から歩いて15分くらいのところに有ります。
調(租・庸・調の調から来ています) という名前の通り、貢ぎ物を納める倉だったところが神社になったという事です。貢ぎ物を倉に収めるのに鳥居は邪魔だという事で、鳥居がありません。
でこちら、狛犬ではなく狛兎。

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手水舎も、兎。

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調というのは、中世『つき』と読んだという事で、「つきじんじゃ」と読みます。
で、月といえば、兎というわけで狛犬じゃなくて狛兎になっちゃった。
今では、月がツキを呼ぶのつきにかけて、勝負事のパワースポットのようです。
なんか、だんだん始まりからそれてってるhappy01
ただ、祭神は、豊受気姫神(トヨウケヒメノカミ)と食物の神様です。
(天照大神とスサノオも祀られてますが、この御二人は、別格ですから)

この神社、境内に稲荷社があるんですけど、

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こちらが、旧本殿です。小さい。本当にもともとは、神社ではなく倉の集まりだった場所なんでしょうね。
今は、こちら彩色の補修工事の最中で、ガラスの建物に覆われてました。

こちらの、神社7不思議と言われる事の中に、蚊がいないってのがあるんですけど、私、刺されまくりました。大きな木に守られた神社なんです。当時はいなかったんでしょうね。

こちらが、御朱印。

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墨の香りがとてもよかったです。

2017年9月14日 (木)

興福寺〜奈良

10日 sun

娘。。の様子を見に出かけたついでに空いてる時間で興福寺(こうふくじ)へ。
興福寺は、再建途中なんですけど、今、東金堂(とうこんどう)で、仏頭が特別安置されているので拝観してきました。拝観料300円。通常は、国宝館にあるんですけど、国宝館が耐震工事中ということで、東金堂に戻ってきているようです。(とは、いっても元々は、飛鳥の山田寺にあったものを東金堂の本尊としていたようですが。)

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「仏頭が、環座してるよ」って言うのが今の売りだけど、まあ、隅っこにおかれてますhappy01
で、中にぎっしり国宝の仏像。私は躍動的な12神将が好きです。でも、今の置き方は、ぎっしりすぎて隠れてしまっているのもいて、覗き込んでも他の仏像にかくれて見えなかったりしてます。こういう置き方で見せてくれる奈良の感覚が好き
( ´艸`)プププ

前に来た時は、東金堂の中を360度まわれたんですけど、今回は正面からしか見れないので、みんな前を向いてる。やむをえない置き方なんでしょうね。

東金堂の正面に南円堂(なんえんどう)。
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ちょっとずれて、北円堂(ほくえんどう)。
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南円堂は、北円堂に比べて大きい。興福寺は何度も火災に遭っているので、南円堂は江戸時代に再建されたもので、重文です。北円堂はそれに比べると小さい。でも、国宝です。最もフォルムが美しい八角円堂だそうです。

今は、入れないんですけど、この北円堂の中に私の一番好きな仏像があります。
世親菩薩立像(せしんぼさつりゅうぞう)と、無著菩薩立像(むじゃくぼさつりゅうぞう)。
初めて見た時に吸い込まれるよう気分になった仏像です。
今度、上野で運慶展が開かれるようですが、そのポスターのモデルになっているのが無著菩薩立像です。上野では、何時間待ちなんでしょうね。(興福寺には、有名な阿修羅像(あしゅらぞう)が、あるんですけど、彼もよく全国出張されます。その入場料も、興福寺の再建の費用になっているのかな?)
私が見た時は、ゆっくり、30分ぐらいボーッとみてました。贅沢な時間でした。

ところで、猿沢池(さるさわいけ)から南円堂へ上がっていく階段の前に石柱があります。

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これ、向きが変なんです。普通は、興福寺という文字が正面だと思うんですが正面が寄贈した人の名前。で、側面に興福寺と有ります。
不思議に思ってくるくる回ってみていたら、ガイドの方が、教えてくださりました。明治時代、お金がなかった興福寺に寄付をした人が置いた石柱なんだそうです。で、こんな罰当たりな(ガイドさんの証言です(≧∇≦))ことをしたので、この方の会社はつぶれてしまったそうです。春日大社の大きな石灯籠 に、名を刻む伊藤忠商事はまだ、栄えているんだよということでした。

この後、この階段を、右側で上がろうとしたら、後ろから来た男性が、「お寺の階段は左側通行だよ。お釈迦様は、右手を上げているから、左の脇を通るんだよ」と、教えてくれて、南円堂で、お賽銭を財布の中からだそうとしてたら、これまた通りすがりの方が「お賽銭は、5円にしときなさいよ、10円は遠縁になるからね」と声をかけてくれました。

一人で、ブラブラするのも良いもんです。
ありがとうございましたclover



2017年8月30日 (水)

萬松寺〜名古屋

29日 sun

彼が帰って来たので、大須の萬松寺に行ってきました。
ずっと工事中だったんですけど、やっと完成したようで、ピカピカのビルのお寺になっていました。

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鳥居の奥に見えるのは白雪稲荷、その隣に見えるのが身代わり不動尊です。
ご本尊はビルの中。

元々は、大須に有ったのではなく中区の錦から丸の内にいたる大きな寺院だったそうで、信長の父信秀が織田家の菩提寺として開基したのが始まりで、信秀のお墓も有ります。名古屋城築城にあたり大須に移転。当時も相当大きなお寺だったようですが、大正元年寺域の大部分を解放して大須の商店街が誕生したそうです。
なので、今は地所は大きくはありません。お寺自体は名古屋大空襲で焦土となってしまった時に燃えてしまいました。

このお寺の歴史が先進的だった織田家の気風を受け継いでいるようで、今のピカピカのビルも、なんからしいなと思えてしまって、、、。古い寺社建築が好きな私ですが、萬松寺は、何度も参拝してます。なんか、にぎにぎしい大須の街の中に有るのに、そしてビルなのに、よい気持ちになれる場所なんです。

で、何を思ったか、彼が御朱印帳が欲しいと言い出して、

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白雪稲荷の御朱印です。私、お寺神社は好きなんですけど、御朱印は興味がなかったんですが、まさか、ついてきてはくれるんですが、さほど寺社仏閣に興味があるとは思えない彼が欲しいと言い出すとは、、、、、。

そして、商店街で食べた氷。

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ふわふわで美味しかったです。今日も暑かったけど、朝晩は涼しくて、、、夏ももう終わりですね。

2017年8月18日 (金)

榛名湖〜群馬

10日 cloud

伊香保温泉からバスで20〜30分。榛名湖です。

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右手が榛名富士。
左手のお社は御沼オカミ神社。榛名湖は、榛名神社の御手洗沼なので、この社が有ります。祭神は龍神です。
榛名湖を、榛名富士に登るロープーウェイから見下ろすと

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榛名湖は長い間殺生禁止の湖だったようですが、今はボートにも乗れるし、ワカサギも食べれます。

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ワカサギのフリッター。熱々で美味しかった。右はコロッケとミンチカツが合体した物。2層になっていてこれも美味しかった。食べながら散歩できます。

榛名富士にあるロープーウェイを登ると、

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右手の階段を上がりきると、

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木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)のお社が有ります(コンクリートなので、割愛)
この石段の途中に石長姫(イワナガヒメ)や、饒速日命(ニギハヤヒノミコト)も祀られています。

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木花咲耶姫と石長姫は姉妹で石長姫はお姉さんです。このお二人の名前違いすぎると思いませんか。姉妹共に、天孫、邇邇芸命(ニニギノミコト)に嫁ぎますが、お姉さんは返されてしまいます。木花咲耶姫,名前の通りとても美しいお姫様だったそうですが気性の激しい方だったようで、邇邇芸命に子供は自分の子じゃないんじゃないのと疑われた時に、産屋に火を放ちその中で無事に子供を産めたらあなたの子よ、といって出産します。その時の子供が3人。一人が海幸彦、もう一人が山幸彦。山幸彦の孫が神武天皇です。
木花咲耶姫は別名浅間様、富士山の神様です。

饒速日命は物部氏の祖神とされる人だけど、なぜ、ここに祀られているんでしょうか。

伊香保からロープーウェイを登ったところでガスが出てしまい、景色は全くみえませんでした。

伊香保からのバスは、ロープーウェイの前で停まりますが、一個前のバス停でおりるとユウスゲの道。ユウスゲが綺麗です。私たちは地理がよく解らなかったので、ロープーウェイ前まで乗ってしまいましたが、一個前で降りて散策するのがお勧めです。
尾瀬のニッコウキスゲがこの時期はきれいなんでしょうけど、こちらもバスの窓から見ても綺麗でした。

この日の榛名湖の気温は21(榛名富士山頂)〜24度(榛名湖周辺)。とても涼しくて、気持ちがよかったです。
夢二がここにアトリエを構えたのも解るような気がします。

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