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神社・寺・古都

2017年10月14日 (土)

寶登山神社〜埼玉県

10日 sun

長瀞(ながとろ)駅からライン下りの川とは反対方向に歩いていくと

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鳥居があります。
でこれをず〜〜っと山の方に歩いていくと有るのが寶登山(ほどさん)神社。
途中、阿左美冷蔵の氷屋さんとかもありますから、ちょっと遠いけど歩いても全然大丈夫。

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本殿は極彩色の彫刻が彫られています。
こちらは、日本武尊(やまとたけるのみこと)が、山に入る前に禊をしたという泉。

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当時は、湧き出てたんでしょうか。

奥の院へはロープーウエイで上がれるんですけど、今回は行きませんでした。
日本武尊は、ここでも山火事にあっているようで、もともと、天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)と呼ばれていた剣が、草薙(くさなぎ)の剣と呼ばれるようになったのも、火攻めに有った時にこの剣で草を刈って火を止めたという伝承があるからなんですけど、ここでも草を刈って火を防いでいたら、神様の使いに助けられたという伝承が有るようです。この神社は火災盗難よけの神様です。

日本武尊は東征をしてるので、関東のあちこちに伝承が伝わっています。
山の頂上までもいってるんですよね。大変だったろうなぁ〜。

2017年9月26日 (火)

秋葉まつり〜愛知県

24日 sun

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友達が1ヶ月程前から、夏の終わりに花火が見たい、それも手筒花火がみたいとかずっと言っていて、「そうだね〜〜」なんて、返事をしていたら、23日にメールで、手筒花火を見つけた行こうよ〜とか送ってきたので、行ってきました。

名古屋からは30分くらいで行けてしまって、駅からも近い知立(ちりゅう)神社で行われるのでとても行きやすい。

町の人たちが、それぞれ玉箱をもって入場。

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この玉箱持っている人たち、静々と進んでくるのかと思っていたら、それぞれの町に歌い手さんがいてその歌に合わせて跳ねとんで来るんです。もう入場から見ていて楽しい。
そんなにまだ有名ではないのか、見物の人も町の人がほとんどみたいで混雑もほどほど。私達、2列目でみれましたから、迫力も満点。
このお祭りは、知立神社の境内で催されるんですが、知立神社の中にある秋葉(あきば)社のお祭りです。昔大火事が有った時、秋葉社のお札を持っていたお家だけが燃えなかったというところから始まったとか。

で、もちろん花火が見学的にはメインなんでしょうが、私花火の円の中で提灯を持ってぐるぐる回している人が気になって気になって、、、。あれだけの火勢の中で提灯燃えないんですsign03なぜsign02
そして、鳥居の前で仕掛け花火も有るんですがそのところでも提灯を仕掛け花火の前で振っているんです。この、提灯を持っている人は、いわゆる神男なのかな?

ちょっと、見終わった後でしまった!と思ったのが、この神社、立派な神社なんです。で、明るいうちに来て写真撮れば良かったと。

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かろうじて明るいうちに撮れた多宝塔。
凄く綺麗な形で、趣が有る。うちに帰って調べたらなんと1509年の建立。
明治の廃仏毀釈の時は、この屋根に瓦をのっけて知立文庫ですとカモフラージュして生き延びたそうです。地元の方の愛ですよね。

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こちら拝殿と、狛犬。頭に角が生えてるんです。
で、境内の真ん中には神池があって、その言い伝えが目の見えない女の子がお祈りして目が見えるようになったと。なんてタイムリーな!
私、このところ目の調子が悪くてお医者さんに通っているんですが、お祈りしてきました。お祭り後に、そうそう お参りしてなかったと、拝殿まで出かけたら遭遇したんです。でも、もう暗くて写真では撮れませんでした。
この、知立神社、創建はかなり古く創建当時から知立神社と呼ばれていたのですが、江戸時代ここに宿場があったころには、池鯉鮒とかいてちりふ→ちりゅうと呼んだそうで、この神池にも鯉や鮒がたくさんいてそこから池鯉鮒でちりゅう。日本人は言葉遊びが上手です。ちなみに、この神社、駅から地形的には、下っていったところに有るので、この神池は、もっと大きな池だったんでしょうね。

秋葉社も暗くて見つけ損ねるところでしたが、発見しまして、お祈りしたらお祈りしている時にふっと清々しい気持ちになったのはclovercloverclover

突然のお誘いメールありがとねheart01

2017年9月17日 (日)

調神社〜埼玉県

13日 sun

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浦和駅から歩いて15分くらいのところに有ります。
調(租・庸・調の調から来ています) という名前の通り、貢ぎ物を納める倉だったところが神社になったという事です。貢ぎ物を倉に収めるのに鳥居は邪魔だという事で、鳥居がありません。
でこちら、狛犬ではなく狛兎。

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手水舎も、兎。

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調というのは、中世『つき』と読んだという事で、「つきじんじゃ」と読みます。
で、月といえば、兎というわけで狛犬じゃなくて狛兎になっちゃった。
今では、月がツキを呼ぶのつきにかけて、勝負事のパワースポットのようです。
なんか、だんだん始まりからそれてってるhappy01
ただ、祭神は、豊受気姫神(トヨウケヒメノカミ)と食物の神様です。
(天照大神とスサノオも祀られてますが、この御二人は、別格ですから)

この神社、境内に稲荷社があるんですけど、

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こちらが、旧本殿です。小さい。本当にもともとは、神社ではなく倉の集まりだった場所なんでしょうね。
今は、こちら彩色の補修工事の最中で、ガラスの建物に覆われてました。

こちらの、神社7不思議と言われる事の中に、蚊がいないってのがあるんですけど、私、刺されまくりました。大きな木に守られた神社なんです。当時はいなかったんでしょうね。

こちらが、御朱印。

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墨の香りがとてもよかったです。

2017年9月14日 (木)

興福寺〜奈良

10日 sun

娘。。の様子を見に出かけたついでに空いてる時間で興福寺(こうふくじ)へ。
興福寺は、再建途中なんですけど、今、東金堂(とうこんどう)で、仏頭が特別安置されているので拝観してきました。拝観料300円。通常は、国宝館にあるんですけど、国宝館が耐震工事中ということで、東金堂に戻ってきているようです。(とは、いっても元々は、飛鳥の山田寺にあったものを東金堂の本尊としていたようですが。)

Photo  Photo_2

「仏頭が、環座してるよ」って言うのが今の売りだけど、まあ、隅っこにおかれてますhappy01
で、中にぎっしり国宝の仏像。私は躍動的な12神将が好きです。でも、今の置き方は、ぎっしりすぎて隠れてしまっているのもいて、覗き込んでも他の仏像にかくれて見えなかったりしてます。こういう置き方で見せてくれる奈良の感覚が好き
( ´艸`)プププ

前に来た時は、東金堂の中を360度まわれたんですけど、今回は正面からしか見れないので、みんな前を向いてる。やむをえない置き方なんでしょうね。

東金堂の正面に南円堂(なんえんどう)。
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ちょっとずれて、北円堂(ほくえんどう)。
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南円堂は、北円堂に比べて大きい。興福寺は何度も火災に遭っているので、南円堂は江戸時代に再建されたもので、重文です。北円堂はそれに比べると小さい。でも、国宝です。最もフォルムが美しい八角円堂だそうです。

今は、入れないんですけど、この北円堂の中に私の一番好きな仏像があります。
世親菩薩立像(せしんぼさつりゅうぞう)と、無著菩薩立像(むじゃくぼさつりゅうぞう)。
初めて見た時に吸い込まれるよう気分になった仏像です。
今度、上野で運慶展が開かれるようですが、そのポスターのモデルになっているのが無著菩薩立像です。上野では、何時間待ちなんでしょうね。(興福寺には、有名な阿修羅像(あしゅらぞう)が、あるんですけど、彼もよく全国出張されます。その入場料も、興福寺の再建の費用になっているのかな?)
私が見た時は、ゆっくり、30分ぐらいボーッとみてました。贅沢な時間でした。

ところで、猿沢池(さるさわいけ)から南円堂へ上がっていく階段の前に石柱があります。

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これ、向きが変なんです。普通は、興福寺という文字が正面だと思うんですが正面が寄贈した人の名前。で、側面に興福寺と有ります。
不思議に思ってくるくる回ってみていたら、ガイドの方が、教えてくださりました。明治時代、お金がなかった興福寺に寄付をした人が置いた石柱なんだそうです。で、こんな罰当たりな(ガイドさんの証言です(≧∇≦))ことをしたので、この方の会社はつぶれてしまったそうです。春日大社の大きな石灯籠 に、名を刻む伊藤忠商事はまだ、栄えているんだよということでした。

この後、この階段を、右側で上がろうとしたら、後ろから来た男性が、「お寺の階段は左側通行だよ。お釈迦様は、右手を上げているから、左の脇を通るんだよ」と、教えてくれて、南円堂で、お賽銭を財布の中からだそうとしてたら、これまた通りすがりの方が「お賽銭は、5円にしときなさいよ、10円は遠縁になるからね」と声をかけてくれました。

一人で、ブラブラするのも良いもんです。
ありがとうございましたclover



2017年8月30日 (水)

萬松寺〜名古屋

29日 sun

彼が帰って来たので、大須の萬松寺に行ってきました。
ずっと工事中だったんですけど、やっと完成したようで、ピカピカのビルのお寺になっていました。

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鳥居の奥に見えるのは白雪稲荷、その隣に見えるのが身代わり不動尊です。
ご本尊はビルの中。

元々は、大須に有ったのではなく中区の錦から丸の内にいたる大きな寺院だったそうで、信長の父信秀が織田家の菩提寺として開基したのが始まりで、信秀のお墓も有ります。名古屋城築城にあたり大須に移転。当時も相当大きなお寺だったようですが、大正元年寺域の大部分を解放して大須の商店街が誕生したそうです。
なので、今は地所は大きくはありません。お寺自体は名古屋大空襲で焦土となってしまった時に燃えてしまいました。

このお寺の歴史が先進的だった織田家の気風を受け継いでいるようで、今のピカピカのビルも、なんからしいなと思えてしまって、、、。古い寺社建築が好きな私ですが、萬松寺は、何度も参拝してます。なんか、にぎにぎしい大須の街の中に有るのに、そしてビルなのに、よい気持ちになれる場所なんです。

で、何を思ったか、彼が御朱印帳が欲しいと言い出して、

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白雪稲荷の御朱印です。私、お寺神社は好きなんですけど、御朱印は興味がなかったんですが、まさか、ついてきてはくれるんですが、さほど寺社仏閣に興味があるとは思えない彼が欲しいと言い出すとは、、、、、。

そして、商店街で食べた氷。

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ふわふわで美味しかったです。今日も暑かったけど、朝晩は涼しくて、、、夏ももう終わりですね。

2017年8月18日 (金)

榛名湖〜群馬

10日 cloud

伊香保温泉からバスで20〜30分。榛名湖です。

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右手が榛名富士。
左手のお社は御沼オカミ神社。榛名湖は、榛名神社の御手洗沼なので、この社が有ります。祭神は龍神です。
榛名湖を、榛名富士に登るロープーウェイから見下ろすと

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榛名湖は長い間殺生禁止の湖だったようですが、今はボートにも乗れるし、ワカサギも食べれます。

Photo_3  Photo_5

ワカサギのフリッター。熱々で美味しかった。右はコロッケとミンチカツが合体した物。2層になっていてこれも美味しかった。食べながら散歩できます。

榛名富士にあるロープーウェイを登ると、

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右手の階段を上がりきると、

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木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)のお社が有ります(コンクリートなので、割愛)
この石段の途中に石長姫(イワナガヒメ)や、饒速日命(ニギハヤヒノミコト)も祀られています。

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木花咲耶姫と石長姫は姉妹で石長姫はお姉さんです。このお二人の名前違いすぎると思いませんか。姉妹共に、天孫、邇邇芸命(ニニギノミコト)に嫁ぎますが、お姉さんは返されてしまいます。木花咲耶姫,名前の通りとても美しいお姫様だったそうですが気性の激しい方だったようで、邇邇芸命に子供は自分の子じゃないんじゃないのと疑われた時に、産屋に火を放ちその中で無事に子供を産めたらあなたの子よ、といって出産します。その時の子供が3人。一人が海幸彦、もう一人が山幸彦。山幸彦の孫が神武天皇です。
木花咲耶姫は別名浅間様、富士山の神様です。

饒速日命は物部氏の祖神とされる人だけど、なぜ、ここに祀られているんでしょうか。

伊香保からロープーウェイを登ったところでガスが出てしまい、景色は全くみえませんでした。

伊香保からのバスは、ロープーウェイの前で停まりますが、一個前のバス停でおりるとユウスゲの道。ユウスゲが綺麗です。私たちは地理がよく解らなかったので、ロープーウェイ前まで乗ってしまいましたが、一個前で降りて散策するのがお勧めです。
尾瀬のニッコウキスゲがこの時期はきれいなんでしょうけど、こちらもバスの窓から見ても綺麗でした。

この日の榛名湖の気温は21(榛名富士山頂)〜24度(榛名湖周辺)。とても涼しくて、気持ちがよかったです。
夢二がここにアトリエを構えたのも解るような気がします。

2017年8月14日 (月)

神楽坂〜東京

8日 sun

東京ドームに行く前に神楽坂をブラブラ。
初めての神楽坂散歩。
通り沿いは商店街って感じですけど。ちょっと横道に入ると、石畳がおしゃれ。

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この日は暑かったので、通り沿いのビルの2階の雑貨と本屋さんの喫茶へ。
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コーヒーとアイスクリームのセット。
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美味しいコーヒーでした。

神楽坂の地下鉄の駅でて直ぐのところに、近代的な神社。
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新国立競技場をデザインした、隈研吾氏の監修の、赤城神社です。
あんまりじっくり見なかったので、細かいところは解りませんが、装飾をはぶいたすっきりしたデザインなのかな。
戦災で焼失してしまう前の神社はどんな神社だったんでしょうか、、、。

   

2017年6月 1日 (木)

富岡八幡宮〜東京

5月23日 sun

高安が大関になりました。
で、富岡八幡宮のお相撲さんの手形碑です。

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彼の手と会わせると

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こんな感じ。
この日は富岡八幡宮目当てで出かけたのに改修中で、すっぽりと幕に覆われてました。
また、機会があれば出かけてみます。

富岡八幡宮には、深川に住んでいた伊能忠敬の銅像があります。

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この方、50歳になってから測量の勉強をして測量の旅にでて、日本地図書いてるんですよね。もう、尊敬しちゃいます。

この近くで食べた深川蒸篭飯と、江戸前穴子蒸篭飯。

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伊能忠敬も旅に出る前に深川飯を食べたんでしょうか。

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こちらはお土産に買った炊き込み御飯の素。
このイラストのおじさんがお店にいらっしゃいます。

すぐ近くに、成田山があるんですけど、そちらのおねがい不動尊は左目を細めていらっしゃって、「え?そこおねがいする?しょーがないなぁ、、、」みたいで、なかなか優しいような困ったような顔をしていらっしゃいました。

2017年5月18日 (木)

石山寺 2〜滋賀

10日 raincloud

経蔵をさらに上がると、国宝の多宝塔です。
1194年、源頼朝の寄進です。

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そして、月見亭。こちらは、後白河上皇の行幸に際して建てられたと言われています。
入る事はできませんでしたが、どうやら、中秋の名月の日には入れるみたい。
この危うげな建物に入れるってなんかすごい。

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この横に、大友皇子(弘文天皇)の若宮が有ります。
石山寺のある大津は大友皇子の父天智天皇が奈良の飛鳥を後にして、都をおいた場所です。そして、天智天皇が亡くなった後、おそらく即位していただろう大友皇子はお姉さん(後の持統天皇)の夫の大海人皇子(後の天武天皇)に壬申の乱でやぶれ自決します。この後、都はもう一度奈良の飛鳥に戻るんですが、もし、大友皇子がやぶれていなかったなら、大津が京都だったかもしれません。
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小さな祠ですが、この、大津の景勝の地のお寺に有るというのが感慨深い。

それから、朱色が鮮やかな心経堂。平成2年に建立。たぶん一番新しいよね。

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頼朝の供養塔も有りました。

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で、ここまで来たら雨が結構降ってきちゃったのと、時間がもうないということで、ここから先は断念。

このお寺聖武天皇の勅願で、良弁僧正によって開基されたんだけど、きっかけが東大寺の大仏を建立するのにお金がないからここで祈ったというのが寺の始まりなそうな。大仏を建てる費用が無いから別の寺も建てちゃうって、、、。

もっとも、この後平安時代には、紫式部だけではなく清少納言、和泉式部などが、日記に石山寺の事を書いたりして、女官の石山詣がさかんだったので、お寺への寄進も凄かったんだろうなという事を考えると、なかなか霊験あらたかなお寺だとは思います。

確かに、女性が来たくなる起伏にとんだ見て楽しいお寺でした。今のディズニーランドみたいな面白さがあったんじゃないかな。加えて「源氏物語ここで考えたんだって〜heart」「清少納言さんが言ってるのここだよね〜heart」って、今で言うロケ地めぐりみたいなとこも有ったのかも知れない。

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 お寺が造られた最初から生きているという御神木。さわると温かかったです。

最後に、しじみ飯。このお寺の前に何軒もしじみ飯のお店が軒を並べています。
ちなみに、お寺の駐車場は600円。しじみ飯のお店の駐車場に止めるとお店で食べれば参詣中とめさせておいてくれます。私たちはそれを知らなかった ので600円はらいましたgawk
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2017年5月16日 (火)

石山寺 1〜滋賀

10日 cloudrain

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彼の用事が終わった後に折角大津の近くまで来たんだからと立ち寄った石山寺です。
こんな大きな硅灰石の上に立っているのが名前の由来だそうです。

まずは、東大門。源頼朝寄進、重要文化財です。淀殿が修復してます。

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此の門の立像が遠くから見ると写真みたいに見えるんです。
近くに寄ると

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近くに寄っても、白いせいかなんだろ、バーチャルみたい。筋肉の表現が綺麗です。で、此の門をくぐると、新緑が綺麗。

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この参道左手に入れないんだけど覗ける白耳亭があります。この庭素敵でした。

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で、奥に進んで階段を上ると正面に冒頭の景色が見えます。
で、左手に本堂。国宝です。

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この本堂の一室で紫式部が、おそらく日本で最も有名な小説「源氏物語」の構想を練ったと伝えられています。
で、この本堂も石の上に建てられているんです。

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これは、階段を上る前に撮った写真ですが、看板に大理石と書かれてました。
この穴くぐれるらしいんですが、かなり狭くてちょっと勇気が要ります。

冒頭の写真右手に、良弁僧正の杖が根付いたという桜。

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お寺にはこの手の言い伝えの樹が時々有るんだけど、みんな加工しない生木を杖にしてたのかしらんsign01これは、見事に根元から幾枝にも分かれていて素敵な桜でした。

で、本堂横の階段を更に上がると、経蔵。

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お経が納めてあったところなんだけど、面白いのが床下の石。
赤い座布団がしいてあって座れるようになってます。
妊婦さんが座ると安産になると書いてあったと思います(座ると子宝に恵まれるだったかな?うろ覚えですcoldsweats01)どっちにしろ、なんで、床下なんだろ?

つづく

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