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2017年2月 9日 (木)

鏡神社と比売塚〜奈良

28日 sun

新薬師寺の隣というか脇にある、鏡神社。新薬師寺の鎮守。

Photo

手前のは拝殿ですが、奥の小さな建物が本殿で、結構レアな物です。
これは、春日大社の本殿(第三殿)を1746年に譲渡したもので、春日大社の奥にある本殿には普段は入れないので、ここで、譲渡された当時の本殿を観る事が出来るのは貴重です。去年まで、春日大社は20年に一度の式年造替だったので、普段は入れないところが見学できたんですが、本殿はこんなに近くで観れなかった記憶です。
ちなみに、本殿の特別参拝は今年の1月から3月の間に何回か期間限定でできるようなんですけど混むでしょうね〜〜gawk

で、反対側に比売神社があります。
神像石。

Photo_2

つい、知ってる人の名前のオンパレードだったんで、、、。
この、神像石には、対の男女が彫られているんですが、正直どういう物かはよく解りません。
神社自体は、比売塚と呼ばれていたところに近年造られた物なんですが、この比売塚というのが、昔から高貴の姫の墓と伝えられて来た場所だそうで、十市皇女が葬られているんじゃない?って事だそうです。

十市皇女というのは天武天皇と額田王の娘で天智天皇の息子の大友皇子の奥さんです。大友皇子は天武天皇と争って死んじゃうんですが、私の子供の頃にはこの人は即位してなかったって習った覚えですが、今は弘文天皇、即位していたという説のが強いのかな。いずれにせよ、即位していたとしたら十市皇女は皇后だった可能性もあります。

天武天皇の奥さんで後に天皇に成る持統天皇は天智天皇の娘ですから、大友皇子とは異母兄弟。額田王は、天武天皇の奥さんだったけど後に天智天皇の奥さん。
昼ドラ以上に複雑ですcoldsweats02てか、十市皇女は、お父さんとご主人が戦っているとき、また生き残ってからどんな気持ちだったんでしょうね。十市皇女は天武7年に急死。斎宮として出向く朝の急死です。まだ30歳前後。天武天皇は声を上げて泣いたそうです。

鏡神社の祭神は、藤原広嗣です。この方は祟ってるんですよね。祟った方が新薬師寺の鎮守の神社の祭神っていうのも不思議。
なんで鏡神社というのかは不明ですが、額田王のお父さんの名前が鏡王という名前だというのにも、なんか妄想しちゃいます。

神像石に添えられた名前は、一番奥が弘文天皇と十市皇女、2番目がこの二人の息子の葛野王、3番目がその息子の池辺王、4番目がその息子の淡海三船です。

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